今日の部活はグラウンド整備のみで終了。
明日が休みなことを考慮して「今日は走っといた方がいいな。一昨日がLSD、昨日がウェイトと軽いスプリントだったから今日は坂でがっつりスプリントかもしくはエネルギー系…」とかなんとか思っていたのですが、
そのとき周りで「今日はやる気出ないなぁ…」的な会話が。
「走っといた方がいいな」が「今日は走らなきゃダメだ」に変わりました。
「こんなとこで気持ち切れたら勝てる訳ない」と思いました。
自分でも驚きました。
自分で自分のことを「物事を上から冷めた目線で見下ろして出来た気でいる人間」だと思っていたのに、自分にしては(言い方悪いけど)俗っぽいんじゃない?みたいな。こんな風に勝ち負けにこだわるような意地が自分の中にあったとは思いませんで。こいつは大事に抱えておきたいです。
「最後の1年」ということも関係してると思いますが、もう1つ、俺が思い当たる節があります。
実家に帰ってから思ったことで、もう親が見てるとかいちいち気にしませんけど
多分親は俺にこれ以上陸上をさせたくないんじゃないかと思うんです。
俺は大学でも陸上を続ける気でいます。そのために筑波を選んだとも言えます。
大学を出てもどうにかして走ります。体が限界を迎えるまで、脚の動く限り走り続けるつもりです。
そこに理由はありません。強いて言えばDASHのプロフィールに掲げた夢、「最高の自分を走りで表現すること・人に感動を与える走りをすること」を実現するためでしょうか。
しかし親の立場からしたらこれはどうなんでしょうか。
第一外から見た俺の高校陸上って、中学から大した成長もせず、怪我ばっかして大会出てない、目を引くような活躍もない、言い訳やごたくばっか並べて実際に走ることを疎む、合宿や大会・怪我での通院で出費は増える一方、要するに負担ばっかりかさんで自己満足でハイおしまい。俺はそうじゃないって言い張ったとしてもそう映るもんなんですよね。
それを考えたら、親からしたら陸上を続けさせる理由がないのは明白なわけで。実にならんことに金も時間も労力も未来も費やすぐらいならそれらをもっと建設的なことに使えって、そりゃ言いたくもなるわこんな現状じゃ。
それでも俺は走ることを選ぶために、親に頼らずに走る方法と、親を見返して納得させる方法を考えなきゃいけない。後者の理由で俺は勝たなきゃいけない。せめて高校3年間の蓄積を結果で証明しなきゃ俺の未来はないも同然なのです。
元帯広農業高の犬伏さんが「勝つことが親への恩返しになると思った」と仰っていた。そして彼はインターハイで2位入賞を成し遂げるわけだが、実力は遠く及ばないにしろ心持ちは同じような感じです。3年分のお返しをしなければ、と。
去年の新人戦は勝利欲求に燃えていたのですが、その後の冬練でゴタゴタがあって考え方もコロコロ変わりました。もうあのときみたいに勝負にこだわることはないかなと思いました。
ですがシーズンインにあたってまた自分の中で魂を燃やすような感覚が戻ってきたようです。
今年は今までになく勝ちたいという気持ちが強いです。最後の年、なにかありそうな気がします。
PR